グレタ ひとりぼっちの挑戦

グレタ ひとりぼっちの挑戦」という映画を観ました(2021/12/20)。

監督:ネイサン・グロスマン
出演:グレタ・トゥーンベリ、スヴェンテ・トゥーンベリ、アントニオ・グテーレス、エマニュエル・マクロン、アーノルド・シュワルツェネッガー、ドナルド・トランプ ほか

フォーブス誌やタイム誌も取り上げた、スウェーデンの若き環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんに迫ったドキュメンタリー。
本作では、グレタさんが気候行動サミットで世界に訴えたスピーチの1年以上前から彼女に密着。
私生活やアスペルガー症候群を持つグレタが重圧に悩み、葛藤する姿、前面には出ないが全面的にグレタをサポートする周りの人々の姿を映し出している。

まず、私は環境問題には興味はあるが、CO2削減が必ずしも必要だとは考えていない。

CO2が増え、南極、北極の氷が溶けだし、海水面が上昇し、海抜の低い都市や島が水没する可能性がある。
地球温暖化により災害が増える可能性がある。
だから、CO2を削減する必要がある、というのが主な論調だと思う。

しかし、それらは全て人類、特に現在先進国と言われている国の人々が行ってきたことの報いだ。
報いは受ければいい。
問題は、報いを受けるのが先進国と言われている国の人々以外にも波及する点だ。
その点は申し訳なく思う。

おそらく、すでに地球では、現在の技術水準では賄いきれないくらいの人類が暮らしている。
だから、毎日、貧困や飢餓などで亡くなる人々がいる。
地球温暖化で多くの人類が生命を失っても、生き残る人々はいるだろう。
ロシアや北欧などの氷河地帯に人類の生息域が拡がるかもしれない。
人類は地球にとっては害虫だ、という考え方もある。

社会的に、ではなく、生物的に考えれば、なるようになる、ということを受け入れるという考えもあるのではないか、ということだ。
人類が滅んでも地球は残るかもしれない。
地球が滅んでも、宇宙の中ではほんの些細なことなのかもしれない。

重大だと思っているのは、個々人の主観。
個々人の主観に基づいて個々人が行動するのだから、どのような行動も否定する必要はない、という気もする。

ただし、全体の幸福のためにどう行動したらよいのか、という指針を事実や科学的根拠を基に示していくのは、無知な人たちをよい方向に導くことになる、と考えられはする。
別途、世の中には知らなくてもいいこともある、ということもあったりするが。



映画からだいぶ離れたことが長くなってしまい申し訳ない。

本作で私が一番印象に残っているのは、グレタさんの両親だ。
グレタさんの両親がグレタさんの意見にどのくらい賛同しているかはよくわからない。
しかしながら、グレタさんを全力でサポートする。
グレタさんの意見を一人の人間の意見として尊重するだけでなく、おそらく親として、グレタさん自身を応援する。
とても成熟した対応だと思う。
これは、国として、人として成熟している、ということではないだろうか。

おそらく、日本の親でこのようなことを出来る人はとても少ないだろう。
日本は、社畜を養成するような、権力者、既得権益を持っている者に都合のよい人間を生産するような教育システムを作っているし、そのような教育システムが奏功し、社会全体も同調圧力が強いと言われるように、個々人を尊重するという思想からかけ離れているから。
そして、そのような思考にどっぷりと浸かっている人が大多数だから。既得権益者の勝利ですね。

グレタさんの強い意志、観方によっては政治家とは違って融通があまり利かない、一途すぎる行動というのは、目的達成のためにはどうかと思わないでもない。
しかし、とにかく行動しているのが素敵。

それらを称賛こそすれ、実際にはたいした行動もしないマスコミというのは、やはり商業主義にすぎないように見えるのが、とても滑稽だ。

自分の年齢、グレタさんの年齢的な側面もあると思うが、グレタさんには笑顔で生活してほしいと切に願う。
自分とは考え方に差異があるとしても。

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